読めるのに話せないのは、なぜなのか
· Ben Ward
始めてから1年か2年。ニュース記事を読めば、だいたいの話は追えます。字幕つきならドラマも見られて、筋を見失うのはたまにだけ。数えれば2000語くらいは知っているはずです。
それなのに、誰かに何か聞かれた瞬間、何も出てきません。
ほとんどの人が、これを同じように診断します。語彙が足りない、と。そこで単語をさらに500個おぼえて、次に同じことが起きたときには、少し大きくなった語彙のまま固まります。この診断はたいてい間違っていますし、なぜ間違っているかを知る価値はあります。診断を誤ると、問題を作った当の活動にそのまま戻されてしまうからです。
単語を「知っている」には、二種類ある
「単語を知っている」と呼ばれているものは、実は別々の二つです。
ひとつめは認識です。window という文字を見て、それが窓だと分かる。外から何かが届いて、それを頭の中にあるものと照合します。
ふたつめは引き出しです。あなたは部屋に立っていて、光を入れているあれを指す言葉が必要で、自分で取りに行かなければいけません。外からは何も届きません。意味のほうから出発して、言葉を持って帰ってくる必要があります。
この二つは同じ能力に感じられますが、違います。ひとつめには何千語も使えるのに、ふたつめには数百語しか使えない、ということが起こります。それは記憶力の問題ではありません。片方向にしか練習していないと、そうなるというだけです。
読むことは片方向の練習です。聞くことも同じです。単語カードもほとんどがそうで、言葉を見せて意味を答えさせます。どれも、言葉のほうを先に手渡してきます。
誰も鍛えていない部分
ここに時間を足します。
読んでいるとき、締め切りはありません。一文で止まっていい。頭から読み直していい。こっそり調べても誰にも分かりません。一文に40秒かかったなら、かかっただけのことで、ページは何も言いません。
誰かに質問されたとき、沈黙が沈黙として感じられ始めるまで、およそ2秒です。その2秒のあいだに、相手が何を言ったかを理解し、自分がどう思うかを決め、言葉を見つけ、順番に並べ、口を動かして音にしなければいけません。
難しいのはそこです。語彙の大きさではありません。そこに手を届かせるまでの制限時間です。
そして制限時間について大事なのは、どれだけ読んでも制限時間はかからない、ということです。インプットに1000時間を注ぎ込んでも、速さを求められて何かを引き出す機会は一度もないままでいられます。だから引き出す力は、始めた地点とほぼ同じところに残ります。その一方で読むことはどんどん楽になり、それが上達しているように感じられるので、人はそこに留まります。
それが停滞期の正体です。上達が止まったのではありません。もともと得意だったほうの半分だけを、上達させ続けたのです。
頭の中で訳すのは、悪い癖ではありません
これを意志の問題として扱う人がいます。訳すのをやめて、その言語で考えなさい、と。まるで、ある言語で考えることが決断であるかのように。
癖ではありませんし、決意でどうにかなるものでもありません。頭の中で訳すというのは、引き出しが遅いときの見た目そのものです。意味から言葉へ向かう道はちゃんとあって、ただ踏み固められていないので、脳は知っているほうの道を通ります。意味、日本語の単語、訳、出力。三段階、どれも遅い。
その道が短くなるのは、使われることによってです。避けることによってではありません。言いたいことから、下手でも遅くても直接口に出す。そのたびに道は少しまっすぐになります。訳すのをやめようと決めたら止まる、という近道は存在しません。
差を埋めるもの
産出です。声に出して、時間に追われながら、終わりのあるものに向かって、何度も。
どの言葉にも役目があるので、ひとつずつ見ていきます。
声に出して。書くと直せてしまうからです。書いた一文を30秒ながめて、誰にも見られる前に直すことができます。それは会話では一度も使えない技能を鍛えることになります。それに口は、頭とは別に練習が要ります。
時間に追われながら。引き出しの速さこそが問題のすべてだからです。時間無制限の練習は正確さを伸ばして、速さを元の場所に置いていきます。
終わりのあるものに向かって。「とにかく会話してみよう」が、多くの人の止まる場所だからです。終わりのない雑談には成功すべきものがなく、うまくいったかどうかを知る手立てもありません。だから流されて、そのうち静かにやめます。代わりに終わりを与えてください。コーヒーを注文して、お会計をお願いする。金曜に4人で席を予約する。荷物が届いていないと説明する。ゴールのはっきりした小さな仕事です。
何度も。そして、これがいちばん飛ばされます。ある場面の1回目は、全部をその場で作っています。4回目には何も作っておらず、ただ言っているだけで、しかも速く出てきます。それが流暢さで、一気にではなく、場面をひとつずつ積んで作ります。全般的に流暢になる人はいません。食べ物を注文するのが流暢になり、次に近所の人との世間話が流暢になり、次に電話で問題を説明するのが流暢になる。そしてある日、そのリストが十分に長くなって、外から見ると全般的に見える。それだけです。
最初は下手で当たり前です
最初の何回かは遅くて、間違っていて、少し情けない。それは方法が効いていない証拠ではありません。それが方法です。負荷のかかった状態で引き出し、失敗し、直される。「知っている文」を「言える文」に変えてきたのは、その繰り返しだけです。
語学製品のほとんどは、その感覚からあなたを守るように作られています。産出のかわりに選択肢。苦しむ前に出てくるヒント。何をしても上がっていくスコア。それは製品を心地よくして、効いている部分を取り除きます。なぜ自分のものは逆向きに作ったのかについては、別に書きました。
今週、どこから始めるか
自分が本当に立つ場面をひとつ選んでください。話題ではなく、場面です。始まりと終わりのあるもの。美容師に短すぎると伝える。アレルギーを本気で受け止めてもらう。名前の分からない症状を薬局で説明する。ConvoLive の場面はこの形で書いてあります。学ぶ言語が英語なら、こちらに場面が並んでいます。
声に出してください。頭の中でもなく、入力でもなく。
違う場面を4つ1回ずつやるより、同じ場面を4回か5回やってください。
正しく言えているかではなく、速くなっているかに注目してください。鍛えているのは速さです。
一緒にやる相手がいないなら、それが普通ですし、解ける問題です。選択肢をまとめた記事があって、実際にどれだけ効くかの順に並べてあります。
あるいは、いますぐやってみることもできます。無料で、始めるまでに1分ほど。最初の1回は、思いきり下手でかまいません。